ルーテル教会の歴史

ルーテル教会の歴史とLECCのルーツ

ルーテル教会は1517年のマルチン・ルターによる宗教改革によってドイツで誕生しましたが、
イエス・キリストから使徒たちへと伝えられた教えと信仰告白を受け継いでいる教会です。

ルーテル教会の誕生
ルターが
聖書の
真理を知る
1505年7月、エルフルト大法学部の学生だったルターは、雷による命の危機を体験しことがきっかけで、ローマカトリック教会アウグスチヌス派の修道士となる。1511年にヴィッテンベルク大学の教授に招聘され、詩篇、ローマ書、ガラテヤ書を講義。その一方、罪に対する神の怒りから逃れるために教会が命じる善行や修行を行なうが、悩み苦しみの日々が続く。しかしある時、罪の赦しはイエスの身代わりの償いによる神の恵みの贈り物であることを聖書から知り、天国に入れた喜びを感じ、心の平安を得る。
宗教改革と
諸国への
広がり
真理を知ったルターは、1517年10月31日に、ヴィッテンベルク城付教会の扉に、救いに関する間違った教え、非聖書的な献金集め、法王の行き過ぎた権威、聖人崇拝の間違いなどについて、学者や高位聖職者に問う95ヶ条からなるラテン語の公開質問状を掲示。この日が宗教改革記念日。その質問状はドイツ語に訳され、印刷され、瞬く間に庶民にも広がる。教会は皇帝を使って撤回を迫ったが、ルターは「聖書によって間違いが証明されない限り、撤回できない。」と拒否。ルターと同信者の集まりであるルーテル教会は歌う教会やプロテスタント(反抗する者)と揶揄され、様々な圧力を受けたが、東欧や北欧へと広がる。
母教会WELSの誕生
ライン川
下流域の
三つの町
1820年代、ライン川下流域渓谷の三つの小さな町のクリスチャンたちが、アメリカに移民したドイツ人の信仰を懸念。1837年、ニューヨークに2名の宣教師を派遣。その1名はジョン・ミルホイザー師。1846年に更に4名を派遣。その内の2名はジョン・ヴァインマン師とウィリアム・リード師。リード師はニューヨーク市近くの教会を、ヴァインマン師はミルウォーキー市近くの教会を牧会。伝道に燃えるミルホイザー師が1848年に、翌年リード師がミルウォーキーに赴任。忠実で教える能力のある牧師不足に苦しむ教会を助ける。
教団設立と
現在の
WELS
前述の牧師3名は1849年秋に話し合い、ルーテル教会の教えと実践の標準を定め、牧師候補者を審査し、アメリカの若い教会に紹介する前に追加的な教育を施すために、組織化の必要性を確認。12月8日、議長にミルホイザー師、書記にヴァインマン師、会計にリード師を選出。1850年5月26日に最初の教会会議を開催。信仰告白を表明する憲法を採択し、教団を設立。牧師養成教育をスタート。現在のWELSは、全米50州とカナダ4州に30万人以上の洗礼会員と聖餐会員を有する全米第3位のルーテル教会。
LECCの誕生
母教会

娘教会
WELSが1950年代に日本での宣教を開始。1958年、リチャード・ペター師が茨城県水戸市並松町の歯科医院を借りて宣教。1959年11月9日、2名が受洗。1963年、水戸市石川町に教会、牧師館、事務所を建設。
1961年に宗教法人登録。WELSは茨城県石岡市、日立市、筑西市(旧下館市)、土浦市、千葉県佐倉市、神奈川県逗子市、東京都東久留米市、栃木県宇都宮市、足利市の教会やセンター設立費用を援助。また日本人牧師養成に尽力。WELSはLECCを誕生させ、50年に亘って母教会としての役割を担う。
姉妹教会

関係へ
ウィスコンシンルーテル福音キリスト教会(WELS)とルーテル福音キリスト教会(LECC)は、長い間母教会と娘教会の関係だったが、WELSはLECCが成長し、姉教会と妹教会の関係になることを希望。
規模こそ差はあるが、対等な関係に移行中。その一環として、設立から宣教師が務めて来たLECCの代表役員(理事長)に、2011年から日本人牧師が就任。信者代表1名が責任役員(理事)に就任。

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